Intel Atom搭載の初期型Model S/Xに届いた「FSD v14.3 Lite」の実態
テスラが旧世代のハードウェアを搭載した車両に対しても、最新世代の自動運転知能を届け続けています。公式アカウント「Tesla Super Intelligence」は、Intel AtomプロセッサおよびHW3(Hardware 3)を搭載した初期型のModel SおよびModel X向けに、ソフトウェアアップデート「2026.38.5.1」を通じて「FSD (Supervised) v14.3 Lite」のロールアウトを開始したことを明らかにしました。
AI4(旧称HW4)への移行が完了し、次世代AI5チップの開発が進む中、演算能力に制限のあるHW3車両が取り残されるのではないかという懸念が広がっていました。今回のアップデートは、そうした懸念を払拭しつつも、ハードウェアの物理的な世代差がどのような機能制限となって現れるのかを浮き彫りにしています。
ソフトウェアアップデート2026.38.5.1による配信と対象車両
今回配信が確認されたのは、2018年から2020年頃までに製造された車両(および2017年以前のモデルでMCU2/HW3へのアップグレードを完了した車両を含む)、インフォテインメント用プロセッサにIntel Atomを採用し、オートパイロット用コンピュータにHW3を搭載しているModel SおよびModel Xです。
テスラは2026年夏にModel 3およびModel YのHW3車両向けにFSD v14 Liteの先行配信を開始し、その後AMD Ryzenプロセッサを搭載したリフレッシュ版Model S/X(2021年以降モデル)へと適用範囲を拡大してきました。今回、最もシステム要件が厳しいIntel Atom世代のレガシーフラッグシップ車へ配信が到達したことで、HW3搭載車全般への展開が一通り完了したことになります。
「Tesla Super Intelligence」公式が明かしたHW3への蒸留アーキテクチャ
リリースノートにおいて、テスラは「HW4向けFSD v14の知能をHW3向けに蒸留(Distilled)した」と説明しています。
最新のFSD v14は、極めて大規模なエンドツーエンドニューラルネットワークを採用しており、HW4が備える高い推論能力と広帯域メモリを前提に設計されています。これに対し、144 TOPSにとどまるHW3のNPU(ニューラルプロセッシングユニット)と限られたVRAM環境で同等の安全マージンを確保するため、テスラはAIの知識蒸留(Knowledge Distillation)技術を用い、モデルの軽量化・パラメータ圧縮を実施しました。これにより、基本となる認識力や判断力は最新のv14と同水準を保ちながら、旧型コンピュータ上でのリアルタイム実行を可能にしています。
v14.3 Liteで刷新された走行挙動と追加機能
FSD v14.3 Liteを適用した車両では、従来のv12系と比較して走行挙動の自然さが一段と向上しています。
強化学習の導入とステアリング・加減速の滑らかさ
リリースノートには、強化学習(Reinforcement Learning)による運転ポリシーの改善が明記されています。交差点での合流や車線変更時の割り込み、信号機への対応、歩行者や自転車の横断に対する判断が格段にスムーズになり、従来のバージョンで見られた唐突なブレーキ(ファントムブレーキ)や不自然なステアリングの迷いが大幅に低減されています。
具体的には、以下の新機能がレガシーModel S/Xへ追加されました。
1. スピードプロファイル(Speed Profiles)の刷新
道路状況や周囲の交通流に合わせて走行ペースを柔軟に選択できる「スピードプロファイル」機能が統合されました。ドライバーの好みに応じた自然な追従間隔と車速維持が可能になります。
2. FSDストリークカウンター(連続介入なし走行距離記録)
公式リリースノートには記載されていませんが、ドライバーがハンドルやペダルに介入することなくFSDで連続して走行した距離をカウント・表示する「FSDストリークカウンター」が車載画面に追加されました。
3. 合流・割り込み・信号・歩行者認識の判断スピード向上
密集した市街地や高速道路の合流地点において、周囲車両の挙動予測が高速化され、躊躇のないスムーズな加減速制御が実行されます。
なぜレガシーModel S/Xでは「駐車系機能」が非対応となったのか
一方で、今回のアップデートは「すべてのHW3車両が同一の恩恵を受けられるわけではない」という厳しい現実も示しています。同じIntel Atomを搭載したHW3車両であっても、Model 3/Yには提供されている複数の重要機能が、レガシーModel S/Xでは非対応となっています。
Intel版Model 3/Yとの決定的な機能差分
実機テストを行った初期オーナーからの報告により、以下の機能がレガシーModel S/Xのv14.3 Liteから除外されていることが確認されました。
1. リバース自動運転(自律後退)の除外
HW4搭載車でバージョン13.2から導入され、Intel搭載のModel 3/Yにもv14.3 Liteで提供された「FSDによる自律的なバック走行」は、レガシーModel S/Xでは利用できません。行き止まりや狭い路地での自動切り返し機能は非搭載となります。
2. Park(駐車状態)からのFSD直接始動の非対応
駐車スペースからギアをドライブに入れてそのままFSDを開始する機能が省かれており、公道に出てある程度の速度で走行を開始してからでなければシステムを有効化できません。
3. Actually Smart Summon(A.S.S.)および到着時オプションの未提供
超音波センサー(USS)ではなくビジョンベースで車両を呼び寄せる「Actually Smart Summon(A.S.S.)」や、目的地到着時の駐車動作を指定する「到着時オプション」も含まれていません。さらに、同時期に配信されたアップデート2026.38.5.1の季節限定機能である「ハロウィンモード」も、Intelプロセッサの描画制約により対象外となっています。
MCU2(Intel Atom)のグラフィックス描画とメモリ制約の壁
同じHW3でありながら、なぜレガシーModel S/Xだけがこれらの駐車・低速系機能を省かれたのでしょうか。その要因は、車両アーキテクチャの根底にあるインフォテインメントコンピュータ(MCU)の負荷分散と配線構造にあります。
Model 3やModel Yは、最初から中央ディスプレイ1枚に情報が集約されるEthernetベースの集中制御アーキテクチャで設計されています。一方、縦型スクリーンとメーターパネル(インストルメントクラスター)の2画面を備える初期型Model S/Xは、MCU2への描画負荷が構造的に高く、低速取り回し時のマルチカメラ映像レンダリングとFSDパスプランニングを同時に処理するだけのVRAM(ビデオメモリ)およびバス帯域が限界に達しています。
テスラは安全マージンを最優先し、現時点ではリバース走行や駐車支援などの低速ビジョン処理を一時的に切り離す判断を下したと見られます。ただし、同一のIntel Atomプロセッサを搭載するHW3仕様のModel 3にはこれらの機能がすでに実装されていることから、一次情報ソースでは「今後のポイントリリース(マイナーアップデート)によってレガシーModel S/Xにもこれら駐車機能が追加される可能性は依然として残されている」と指摘されています。
HW3の最終到達点と今後のハードウェア換装ロードマップ
テスラはすでに、HW3搭載車に対して将来の「Unsupervised(完全無人)FSD」や「FSD v15」を提供しない方針を公式に示唆しています。
FSD v15およびUnsupervised(完全無人)FSD非対応の確定
FSD v14 Liteブランチは、HW3(Intel/AMD問わず)にとって実質的な「最終メジャーアップデート」となる公算が極めて高い状況です。今後のアップデートはマイナーバグ修正や安全性のファインチューニングにとどまり、AIモデルの更なる大規模化に追従することは物理的に困難とされています。
FSD購入者に対する次世代AIチップ無償アップグレードの行方
かつて「完全自動運転対応」としてFSDオプションを購入したオーナーに対し、テスラはHW3が完全無人運転をサポートできない場合の救済策として、より強力な新世代AIチップへのハードウェアアップグレードを公式に約束しています。
しかし、HW4(AI4)やAI5のボードは、消費電力、冷却水路、カメラ解像度、電圧仕様がHW3から大幅に刷新されており、単純な基板スワップ(ポン付け交換)は不可能です。レガシーModel S/Xの物理スペースに収まる専用の後継コンピュートユニットが開発されるのか、あるいはどのような補償プログラムが提示されるのか、今後の公式発表が注目されます。
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