欧州で期待されていたテスラの「FSD(Supervised)」に対する包括的な承認手続きが、足踏みを強いられることになりました。
欧州委員会(EU)の自動車技術委員会(TCMV: Technical Committee on Motor Vehicles)において、2026年10月6日に見込まれていた一括承認の投票が見送られ、早くても同年12月の次回会合へ延期されたことが明らかになりました。オランダ、チェコなど一部の加盟国が個別の道路交通法スキームで暫定認可を下す一方、EU全域に適用される包括承認のハードルは依然として高く立ちはだかっています。
日本のテスラオーナーにとっても、国土交通省の保安基準策定は国連欧州経済委員会(UNECE)の枠組みに直結しているため、この欧州での審議プロセスは対岸の火事ではありません。なぜ欧州での一括承認は先送りされたのか、大国が懸念する論点はどこにあるのか、そして日本国内でのFSD解禁時期にどのような影響を与えるのかを整理します。
10月6日の決定投票が見送られた背景
欧州における自動車の型式認証は、EU加盟国全体で統一された市場ルールに基づいて運用されています。今回の遅延が明らかになったのは、第119回TCMV会合のアジェンダ草案が公表されたためです。
1. TCMVアジェンダに記載された「25分間の継続協議」
当初、テスラ欧州部門や現地コミュニティの間では、10月6日の会合でFSDのEU全域解禁に向けた採決が行われるとの期待が高まっていました。しかし、公開された議事日程に記載されたのは、決定投票ではなくオランダ車両庁(RDW)が提出した申請に関する「25分間の継続協議(continuation of discussions)」のみでした。
2. 最短でも2026年12月の次回会合へ持ち越し
TCMVの会合は定期的に開催されており、10月の議事から採決が除外されたことで、加盟国全体での投票が行われる最短の機会は2026年12月の会合へと先送りされました。この報に対し、テスラCEOのイーロン・マスク氏は自身のXアカウントで「Sigh(ため息)」と短く反応を投稿しています。
欧州7カ国の暫定認可と「包括承認」の厚い壁
直近ではチェコやスロベニアが相次いでFSDの公道走行を認可したニュースが報じられましたが、これらはあくまで「自国内に限定された暫定措置」に過ぎません。
1. 人口シェア12%にとどまる先行7カ国
現在までに自国の公道でFSD(Supervised)の走行を認めたのは、以下の7カ国です。
- オランダ(2026年4月にRDWが初の型式承認)
- リトアニア
- エストニア
- デンマーク
- ベルギー
- スロベニア
- チェコ
これら7カ国の総人口は約5,300万人であり、EU全体の人口(約4億5,000万人)の約12%を占めるにすぎません。
2. 包括認可に必要な「特定多数(Qualified Majority)」の壁
EU全域で有効な包括承認(WVTA: Whole Vehicle Type Approval)を成立させるには、EU理事会の特定多数決ルールを満たす必要があります。具体的には、全27加盟国のうち「15カ国以上」の賛成、かつ「EU総人口の65%以上(約2億9,200万人)」を代表する国の合意が不可欠です。
| 区分 | 現状(承認済み7カ国) | EU一括承認に必要な要件 |
|---|---|---|
| 賛成国数 | 7カ国 | 15カ国以上 |
| カバー人口比率 | 約12%(約5,300万人) | 65%以上(約2億9,200万人) |
| 主要大国の動向 | 未承認 | 独・仏・伊・西の動向が必須 |
ドイツ、フランス、イタリア、スペインといった人口大国の支持を取り付けない限り、EU全域での一括解禁は制度上不可能です。すでにフランスは現行システムの導入に否定的な姿勢を示しており、大国側の慎重姿勢が審議長期化の主因となっています。
規制当局が指摘する「速度制限遵守」とAI制御のギャップ
欧州当局が慎重な姿勢を崩さない最大の理由は、北米で鍛え上げられたエンドツーエンド・ニューラルネットワークと、欧州独自の交通法規との間に横たわる哲学的なギャップにあります。
1. 欧州ISA(インテリジェント・スピード・アシスタンス)義務化との摩擦
欧州では2024年以降、新車に対して制限速度の超過をドライバーに警告・抑制する「ISA」の搭載が義務付けられています。各国の規制当局がTCMVの協議で問題視しているのは、交通流に合わせた柔軟な速度制御が「厳格な標識遵守」から外れる場面がある点です。周囲の車のペースに合わせる北米的なAIの振る舞いが、欧州の形式主義的な法規解釈においてハードルとなっています。
2. 安全性データが示す実績と当局のギャップ
テスラ欧州部門は、認可を後押しするために公道走行データを積極的に開示しています。2026年9月1日に発表された最新データによると、欧州ですでに7万人以上のドライバーがFSDを使用し、走行距離は1日あたり100万kmを突破しています。
公道1億km以上の積算走行データにおいて、FSD走行時の衝突事故発生率は手動運転と比較して4.1倍低く(約4分の1)、自動緊急ブレーキの介入頻度も大幅に減少していると報告されています。しかし、統計的な安全性実績と、法規条文への適合性審査との間には、依然として埋めるべき隔たりが存在します。
国連基準UNECEと国土交通省 – 日本導入へのタイムライン
欧州での採決延期は、日本のテスラオーナーにとっても他人事ではありません。日本が自動運転・運転支援の法規策定において完全に依存しているのが、まさに欧州と同じ国連欧州経済委員会(UNECE)の国際基準だからです。
1. UN-R171「DCAS第2フェーズ」と日本の保安基準
欧州で審議されている枠組みの根底にあるのは、国連基準「UN-R171(DCAS: ドライバー・コントロール・アシスト・システム)」です。従来の車線維持支援(UN-R79)では厳しく制限されていたシステム主導の車線変更やナビゲーション誘導を認めるための法規であり、日本の国土交通省もこの改定スケジュールに合わせて道路運送車両法の保安基準を整備する方針をとっています。
2. 日本国内の型式指定審議への影響
オランダをはじめとする欧州諸国は、EU規則2018/858の「第39条免除(新技術に対する個別認可)」を適用して暫定的に走行を認めています。しかし、日本には同様の柔軟な個別免除枠組みが少なく、原則として国際基準の確定または国交省の個別大臣認定が必要となります。
欧州TCMVでの包括投票が2026年12月以降にずれ込んだことで、UNECE全体でのDCAS第2フェーズの確定審議にも影響が波及します。これにより、日本国内におけるFSD(Supervised)の型式指定に向けた公道実証データの評価や保安基準の適用手続きも、2026年秋の即時解禁ではなく、2026年末から2027年前半を軸とした現実的なタイムラインとして推移する公算が高まっています。
テスラがどれほど優れたニューラルネットワークを完成させても、公道を走るための最後の砦は各国の型式認証制度です。12月のTCMV会合で主要国がどのような妥協点を見出すのか、その議論の行方が日本仕様テスラのソフトウェア進化のスピードを決定づけることになります。
参考情報
- Teslarati: Tesla Full Self-Driving release in the EU gets delayed
- Electrek: EU delays Tesla ‘Full Self-Driving’ vote to December at the earliest
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