1. イントロダクション:私たちが知っているテスラはもう存在しない
投資家たちの間で、一つの不可解な現象が議論の的となっています。2025年、中国のBYDに電気自動車(EV)販売台数世界1位の座を明け渡し、納入台数が前年比で減少したにもかかわらず、なぜテスラの株価はPER(株価収益率)300倍という異次元のマルチプルを維持しているのか?
その答えは、テスラが「自動車メーカー」という殻を脱ぎ捨て、全く新しい「物理的AI・ロボティクス企業」へと変貌を遂げる**構造的デリスキング(構造的リスク回避)**のプロセスにあります。2025年の決算データが示すのは、単なる販売の停滞ではなく、歴史上類を見ない規模のプラットフォーム転換です。私たちは今、テスラという会社が「車を売る会社」から「自律的な労働力と知能を提供する会社」へと、その定義を根底から書き換える瞬間に立ち会っているのです。
2. 象徴の引退 — モデルSとXが「名誉ある退役」へ
テスラの歴史を築き上げ、高級EVの概念を定義したフラッグシップ、モデルSとモデルX。イーロン・マスクCEOは、2026年半ばまでにこれら2車種の生産を完全に終了することを発表しました。

マスクはこの決断を「名誉ある退役(honorable discharge)」と呼びました。しかし、これは単なる製品寿命の終焉ではありません。フリーモント工場のモデルS/X生産ラインを解体し、そこに年間100万台の生産能力を目標とする人型ロボット「Optimus」の製造拠点を構築するという、極めて大胆な経営資源の再配置です。「人間が運転する高級車」という過去の成功体験を切り捨て、自律的に働く新たな「種」の生産へとシフトするこの決定は、テスラがもはや既存の自動車業界のルールで戦うつもりがないことを象徴しています。
3. BYDの勝利と、テスラの「脱・販売台数」戦略
2025年、BYDはBEV販売台数で約226万台を記録し、テスラの164万台を圧倒しました。従来の自動車ビジネスの尺度で見れば「敗北」かもしれませんが、戦略的視点で見れば、両社は全く異なるゲームをプレイしています。
- BYD(ボリュームとシェア重視): 垂直統合による徹底的な低コスト化を武器に、あらゆる価格帯で「次世代のトヨタ」を目指すボリューム・メーカー。
- テスラ(プラットフォームと利益率重視): 車両を「AIを稼働させるための端末」と定義。第4四半期の売上高総利益率は20.1%に達しており、販売台数が減少してもソフトウェアと運用効率で収益を最大化する「ソフトウェア・マージン」の世界へ移行。
テスラにとって、自動車の販売台数はもはやAIフリート(車団)を拡大するための「インストール・ベース」に過ぎません。
4. 200億ドルの豪打 — AIインフラへの巨額投資とxAIの影
この野心的な転換を裏付けるのが、2026年に投入される驚異的な設備投資(CapEx)計画です。CFOのバイバフ・タネジャは、2025年の約90億ドルから一気に倍増させ、200億ドル(約3兆円超)を超える投資を実行すると明言しました。
この資金が向かう先は、既存の工場の拡張だけではありません。
- Cortex 2: ギガ・テキサスに建設される世界最大級のAIトレーニング用スーパーコンピュータ。
- TerraFab: AIロジックやメモリを自社製造するための半導体ファブリケーション施設。
- xAIへの20億ドル投資: MuskのAI企業への出資は、テスラの物理的AI(車両・ロボット)とxAIの高度な推論能力を統合する「オーケストラ指揮者」としての役割を強化するものです。
テスラは今、自律走行の知能から、それを動かす半導体、さらにはエネルギー供給網に至るまで、AI時代の全スタックを独占しようとしています。
5. FSDは「所有」から「利用」へ — サブスク完全移行の衝撃
2026年2月14日、テスラはFSD(完全自動運転)の販売を月額99ドルのサブスクリプションのみに限定し、8,000ドルの一括購入オプションを廃止します。これは、テスラの収益モデルが一時的な車両販売益から、高利益率なリカリング(継続)収益へと完全に移行することを意味します。
現在、世界に110万人存在するFSDの「有料」顧客のうち、約70%がこれまでに一括購入を選択してきました。月額制への一本化は、導入障壁を劇的に下げ、残りのフリートすべてをFSD化するための賭けです。利用者が増えるほど走行データが蓄積され、AIの精度が向上するという「正のフィードバック」が、他社が追随できない圧倒的な堀(Moat)を形成します。
6. 「絶望」が生んだ垂直統合 — 自社製チップとリチウム精製への渇望
テスラの垂直統合は、今や原材料の深層にまで及んでいます。テキサス州コーパスクリスティに建設された北米初のリチウム精製所や、自社半導体工場「TerraFab」の構想は、地政学的リスクと供給不足に対する**「絶望(Desperation)」**から生まれました。
現在、米国には先端メモリの製造拠点が皆無であり、台湾や中国を巡る地政学的リスクはテスラにとって存亡の危機に直結します。マスクは決算説明会で、既存のサプライチェーンへの苛立ちを露わにしました。
「誰か他にこれをやってくれる人はいないのか? 聖なるものすべてにかけて、他の誰かがこれを造ってくれないだろうか。これらを造るのは非常に難しい。我々は絶望からこれらを造っているのだ」
他社が依存する脆弱な供給網を見捨て、自らが原材料メーカー、そして半導体メーカーになることで、テスラは資本効率の革命を自らの手で引き起こそうとしているのです。
7. Cybercabの経済学 — 稼働率5倍、90%のデータが導いた結論
2026年4月から生産開始が予定されている「Cybercab」は、ステアリングもペダルもない2人乗りの専用車です。なぜ、あえて「2人乗り」なのか? 答えはテスラが収集した膨大な走行データにあります。
テスラの分析によれば、自動車の走行距離の90%以上は、乗員が2名以下という事実に基づいています。このデータドリブンな意思決定により、Cybercabは徹底的な効率化を実現しました。
- 自家用車: 週10時間稼働(駐車場で価値を損なう資産)
- Cybercab(ロボタクシー): 週50〜60時間稼働(絶えずキャッシュを生む労働力)
資本効率を5倍以上に高めることで、1マイルあたりの移動コストを公共交通機関並みに引き下げる。テスラは車両を売るのではなく、「移動というサービス」を売るプラットフォームへと進化したのです。
結論:価値が「増大」する労働力を選ぶ準備はできているか?
テスラは自らのミッションを「Amazing Abundance(驚異的な豊かさ)」へと昇華させました。AIとロボティクスによって労働コストを極限まで下げ、人々に「Universal High Income(普遍的高所得)」をもたらすというビジョンです。
モデルSという「自動車メーカーとしての栄光」を捨て、200億ドルという豪打を振るうテスラの姿は、既存の産業分類ではもはや捉えきれません。
私たちは将来、時間とともに価値が下がる「車という資産」を所有し続けるでしょうか? それとも、自ら働き、富を生み出し、価値を増大させていく「ロボットという労働力」に未来を託すでしょうか? テスラの賭けが正しければ、2026年は人類の労働と経済の定義が永遠に変わる、その始まりの年として記憶されることになるでしょう。
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