世界中で数百万人のオーナーが愛車に搭載している「ハードウェア3(HW3)」は、本当にドライバーが監視不要な無人自動運転(FSD Unsupervised)に到達できるのでしょうか。
2026年10月22日に開催されたテスラの第3四半期(Q3)決算説明会において、個人株主から最も切実な関心を集めていたこの疑問に対し、経営陣は一言も触れることなく質問をスキップしました。
事前投票で上位にランクインしながらも決算コールで黙殺された株主質問の背景と、演算能力の壁に直面するHW3車両の現実、そしてテスラが抱える潜在的なハードウェア換装責任について論点を整理します。
投票第5位の最重要質問がなぜ「黙殺」されたのか
テスラは四半期決算説明会の前に、個人株主向けプラットフォーム「セイ(Say Technologies)」を通じて質問を募集し、保有株式数に応じた賛成投票によって読み上げる質問を選定しています。
今回のQ3決算コールに向けて締め切られた時点で、第5位(557票、約65万2,900株分の賛成票)に位置していたのが以下の質問でした。
「テスラはHW3が無人FSDをサポートできないことを認めている。オーナーはいつ無償アップグレードを受けられるのか、いつ明確な計画が示されるのか?」
決算説明会が始まると、IR(投資家向け広報)責任者のトラビス・アクセルロッド(Travis Axelrod)氏は合計9問のSay質問を読み上げました。サイバーキャブの量産立ち上げ、一般車への無人FSD配信時期、ロボタクシーとオプティマスのユニットエコノミクスなど、上位の質問が消化された後、事態は不自然な展開を迎えます。
アクセルロッド氏は第5位のHW3質問を飛ばし、順位が下位だった「オプティマスのトレーニングデータ(トップ10外)」「オプティマスの将来収益」「FSDの独自マッピング」などを次々と読み上げました。そして「Say.comからの質問は以上です」と締めくくり、HW3に関する質問は完全にスルーされたのです。
その後の機関投資家・アナリストとの質疑応答セッションにおいても、「HW3」「AI3」「ハードウェアレトロフィット(換装)」という単語は一度も口にされることはありませんでした。
144 TOPS対500 TOPS。HW3とHW4の物理的演算格差
経営陣が質問への回答を避けた最大の理由は、HW3が抱える物理的なハードウェア性能の限界が、もはやソフトウェアの工夫だけで覆せないレベルに達している点にあります。
2019年に登場したHW3(FSD Computer 1)と、2023年以降に順次導入された現行のHW4(AI4)の間には、決定的なスペックの断絶が存在します。
1. チップ演算能力とパラメータ数の壁
HW3に搭載された内製チップの演算能力は合計約144 TOPS(毎秒144兆回計算)です。これに対し、現行のHW4は推定300〜500 TOPS以上の処理能力を備えています。エンドツーエンドのニューラルネットワークが進化し、走行モデルのパラメータ数が爆発的に増大した結果、HW3のチップでは無人運転に必要な巨大AIモデルをリアルタイムで遅延なく推論させることが極めて困難になっています。
2. カメラ解像度と認識距離の格差
HW3車両の外部カメラは1.2メガピクセル(約120万画素)にとどまります。一方、HW4車両には5メガピクセル(約500万画素)の高解像度カメラが搭載されています。遠方の小さな障害物や悪天候下での視認距離において物理的な情報量の差は歴然としており、カメラ解像度の低さは無人走行における安全マージンを直撃します。
3. 電圧規格と冷却システムの非互換
HW4はチップの消費電力増加に伴い、基板サイズ、電源供給電圧、冷却配管の取り回しがHW3から根本的に変更されています。単にダッシュボード奥のコンピューター基板を抜き差しするだけでは換装できず、電源ハーネスや配管を含めた車両側の大幅な改修が必要となります。
テスラは現在、HW4向けの大型AIモデルを圧縮・軽量化する「知識蒸留(Knowledge Distillation)」技術を用い、HW3向けに「v14 Lite」などの軽量版ソフトウェアを配信して延命を図っています。しかし、モデルを圧縮すれば必然的にエッジケースでの認識精度や安全冗長性が削られるため、「監視付きFSD(Supervised)」は維持できても「無人FSD(Unsupervised)」の認可を得るには至らないという技術的ジレンマに直面しています。
「無償アップグレード」の過去の公約とテスラが抱える法的リスク
HW3の問題が単なる技術的課題にとどまらず、経営を揺るがすリスクとなっているのは、過去に交わされた「公約」の存在があるためです。
イーロン・マスク氏は2016年以降、「現在製造されているすべてのテスラ車には、完全自動運転を達成するために必要なハードウェアが完全に備わっている」と繰り返しアピールしてきました。さらに過去のハードウェア移行時(HW2.0/2.5からHW3への移行時)には、「もし完全自動運転の達成に新しいコンピューターが必要となった場合、FSDパッケージを購入したオーナーには無償でアップグレードを提供する」と公式に表明し、実際に無償基板交換を実施した前例があります。
この言葉を信じ、日本でも高額な買い切りパッケージ、米国では最大1万5,000ドルを支払ってFSDオプションを購入した数多くのオーナーが存在します。
しかし、もし数百万台規模に及ぶHW3車両に対してHW4への無償レトロフィットを実施するとなれば、その負担は過去の比ではありません。
- 単なるコンピューター基板の交換だけでなく、車両全周のカメラモジュール(8台)の全交換が必要
- カメラとコンピューターを結ぶワイヤーハーネスの引き直し、または電圧変換ユニットの追加が必要
- サービスセンターの物理的な作業負荷と、全世界で数百億円〜数千億円規模に達する部品・工数コストの発生
質問に安易に「無償アップグレードを行う」と答えれば莫大な引当金計上と業績への打撃を迫られ、逆に「HW3では無人走行は不可能であり、アップグレードも提供しない」と明言すれば、虚偽説明や契約不履行を問う集団訴訟(クラスアクション)の引き金になりかねません。今回の決算コールにおける「質問スキップ」は、法務的にも財務的にも進退窮まった経営陣の苦しい立ち位置を浮き彫りにしています。
日本のテスラオーナーが直面する現実と見分け方
日本市場においても、2019年から2023年半ばにかけて納車されたモデル3やモデルYの大半はHW3を搭載しています。
自分の所有する愛車がHW3かHW4かを確認する最も確実な方法は、外観のサイドリピーターカメラの観察です。フェンダー部分に埋め込まれたカメラレンズを覗き込んだ際、レンズ周囲のガラスが赤紫色(アンバー)に反射し、カメラの突出が抑えられているものがHW4です。一方、レンズが青みがかって見え、カメラ周囲の形状が従来型のものはHW3です。また、車内の「ソフトウェア」画面から「追加の車両情報」を開くことで搭載コンピューターの世代を確認することも可能です。
HW3を搭載したテスラに乗る日本のオーナーにとって、今後どのようなシナリオが考えられるでしょうか。
1. 監視付きFSDの継続アップデート
人間がステアリングを握り、周囲を監視し続ける前提の「監視付きFSD(Supervised)」については、今後もHW3向けに最適化された軽量版モデルの配信が継続される見込みです。日常の高速道路や幹線道路における運転支援機能としては、今後も十分に進化の恩恵を享受できます。
2. 無人走行のHW4以降への限定
ドライバーが同乗しないロボタクシー運用や、車内でスマートフォンを操作できるレベル3以上の無人自動運転については、将来的に日本で法認可が下りたとしても、対象車両がHW4以降に厳格に限定される可能性が極めて濃厚です。
3. 乗り換え(下取り)優遇プログラムへの誘導
テスラが莫大なコストのかかる物理レトロフィットを回避するため、HW3オーナーがHW4または次世代のHW5(AI5)搭載車へ買い替える際、FSDライセンスの無償移行(Transfer)や特別な下取り補助を提供する「買い替えインセンティブ」で軟着陸を図る可能性が現実味を帯びています。
車載ハードウェアの陳腐化と、買い切りソフトウェアが約束した「将来の価値」の狭間で、テスラが今後どのような公式回答を示すのか、既存オーナーにとって注視が欠かせない局面が続いています。
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